梟が鳴いていました。何気なく聞いていてあっと思ったのが、午前3時半。河童も年に一度は鳴き声を聞くけれども、珍しい。
近くの川に白鷺が朝、夕食時に来ますが、これは近くの動物園から飛んできているようです。
ふと手元のPCMレコーダーを手にして窓のカーテンを開けたら、鳴き止んでしまった。
本当に梟だったのかな。わたしが顔出すのを確認する為に河童が真似をしたのかも知れません。

夜遅くに帰宅する時は河童のいる川縁は真っ暗。該当は川縁の道の入り口と出口にあるだけです。川沿いの道を歩いている間は真っ暗で、川向こうの住宅街の窓の明かりと月明かりが助けになるくらいです。
そこを通る時に耳元で囁かれることがあります。そのような時には、しずかに前をはだけておヘソが見える様にするとしばらくはお腹を撫で回されていますが、やがて解放してくれます。
何時でもというわけではなくて、年に一度か二度。それ以上の要求をされたことはありません。
そしてそんなことのあった翌朝には、窓の傍に届け物があったりします。

熊本は豊臣秀吉の時代に朝鮮征伐(今では差別用語か)に出兵しています。その戦争には河童の働きもあったと聞いています。加藤清正が熊本に帰国するのにもついてきたそうで、末裔の住む川があると聞きます。わたしの家のそばの川は、螢のヤゴも居るために市で保護されています。それで明るい街灯を設置できない事情もあるのですけれども、数年前からは少しだけですが蛍の光が確認されています。
雨が降れば溢れるような流れになりますが、澄んだ清らかな川です。穏やかな時と雨のときは対極的な表情を見せますが、それが自然のままありのままと言う事でしょうね。
だからこそ、河童も遊びに来るのでしょう。

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